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瓜戸幸子

伝統工芸士インタビュー

織り手さんが
心地よく織れる経糸を

整経 瓜戸 幸子

何千本もの糸をあやつりながら整えるという、とても繊細な作業と向き合う職人です。整経は織りへの第一歩目ともいえる準備工程なので、その責任もなかなか。どうすれば後の工程がトラブルなくスムーズに進むのか、気配りや心配事がたっぷりな日々。

瓜戸幸子
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入社当時は思ってもみなかった
整経を担当することに

結婚して、子育てをしながら数年が経ち、そろそろ働こうかなあと考えていたんです。そんな時に、新聞折り込みの求人で西村織物のことを知り、家からも近いし、ちょっと面接に行ってみようとなりました。手芸や編み物が嫌いじゃなかったので、私にも何かできるかもしれないと思ったのがきっかけでした。博多織とおつきあいが始まったのはそこからです。

入社してしばらくは時代の流れもあったのでしょうか、職人さんの出入りが多い時期だったような記憶があります。私も最初から整経を担当していたのではなく、仕上げの仕事、事務の手伝い、織り手も経験させていただきました。そうこうしているうちに今度は整経の職人さんが退職されることに。次はどうするんだろうと思っていたところ、「瓜戸さん、あなたやってみらんね?」と社長からお声がかかりました。

整経っていかにも難しそうだし、集中力もいるだろうしと尻込みしつつ、「仕方ないなあ、やってみるか」とつい引き受けてしまいました。なんでしょう、性格ですかね(笑)。その後も整経をメインにしたり、他の仕事を手伝ってみたり。オールマイティだと言ってもらえることもありますが、自分としてはちょっと違って、いろんな仕事を与えられたから一生懸命取り組んできたという感覚なんですよね。

伝統工芸士の認定試験を受けたのは2022年です。「15年以上働いたし、なれるんだったらここでならなきゃ」と思って挑戦しました。

今、社内で整経を担当している職人は3人いて、全員女性です。30代、40代、50代と10歳ずつくらい年齢が離れているんですよ。年下のふたりは私以上に正確に仕事をしてくれているのではないでしょうか。

瓜戸幸子
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細かな経糸の配置で、
美しいグラデーションをつくる

整経の仕事ってなかなか想像つかない方が多いでしょうから、ここで少しご説明をしますね。帯を織る時はまず経糸を織機にセットします。その経糸を整え、準備するのが整経の仕事です。織機で帯を織り始める一歩手前の作業ですね。

具体的には最大200個の木枠(木製の大きなボビンのようなもの)から1本1本の糸を引き出し、整経の指示書を見ながら順番通りに糸を並べ、大きなドラムに巻き取っていきます。巻き取りは何度かに分けて行いますが、最終的にドラムへ巻き取る経糸は3000〜7000本ほどにもなります。経糸を2倍使うしっかりした織りの帯の場合、合計で15,000本ほどになります。

帯のデザインによって経糸で使う色の種類は大きく変わります。無地の帯ならば1色ですし、カラフルな帯は複数の色を使います。シンプルなストライプだったら赤100本、黒100本の経糸を交互に整経していく。そんなイメージです。

私たち整経の職人が苦労するのは、経糸の並び方が不規則なものですね。特にぼかしのグラデーションを表現するのはなかなか骨が折れます。自然でふんわりしたグラデーションを作るため、色が少しだけ違う糸を順番通りに取っていくなど、糸の細かい準備にとにかく時間がかかるんです。例えば、西村織物ネットオリジナル商品「【復刻版】伊達締め なないろ」もそんな帯のひとつ。本当に美しいぼかしの帯ゆえに、整経に手間と時間がかかります。

染色担当の大賀さんとは持ち場が離れているため、そうそう話をする機会はないのですが、このグラデーションをつくるために細かく糸を染め分ける作業も大変だろうなあ、なんて想像をしながら手を動かしています。

糸をドラムに巻き取りはじめたら、糸が切れないように細心の注意を払っています。博多織の糸はとっても細いので、ちょっとした木枠のササクレなどでプチッと切れてしまうんです。そうなるとドラムを糸が切れた位置まで戻して、糸を結び直す必要があります。たまに糸が絡まったりして、ひとりで30〜40分苦戦していることもありますよ。ドラムに巻き終わった後は、織機にセットする巻軸という軸に巻き直して、やっと織り手さんのもとに届けられます。

瓜戸幸子
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織り手さんに手渡したいのは
織りやすい経糸

整経は織りに入る前の準備作業なので、ある意味、織りのスタート地点かもしれません。ですから間違いがなく、織りやすい経糸を織手さんにお渡ししなくてはなりません。巻軸に巻き取っただけで仕事が終わったと喜べる心境ではないんですよね。

巻軸の経糸は1本1本、織機に備わっている経糸へ結ばれていきます。私たちがつぎ込みと呼んでいる作業で、もし整経に間違えがあればここで発見されます。多い時は15,000本もある経糸ですから、100%絶対に間違えませんとは言えません。また間違えがあっても対処法はあります。でもやっぱり織手さんには、織りやすい環境で織り進めてほしいし、帯の品質になんらかの影響があるのは阻みたい。つぎ込みが終わって「どこも間違えてなかったよ!」と言われる時がいちばんほっとする瞬間です。

ちなみに織り手さんは、今日は何本織ろう、明日までに何本織ろうと目標を立てて仕事をしていらっしゃいます。ですから整経の良し悪しで、それを止めるのは申し訳なさすぎます。たまに糸のトラブルが気になって、夜中に目が覚めることもあるんですよ。そんな時、私って意外と責任感が強いのかも、なんて思ったり。

ほかの職人さんもよくおっしゃるように、体調って思った以上に仕事への影響があるんです。私も悩みがゼロではないから、ふっと心配事が頭に浮かんだりして。仕事中に考えこんだりしないよう集中はしているつもりですが、そんな日はなんだかミスが出るような気がします。

ほかの仕事でも、心と身体の健康が第一なのでしょうね。余計な悩みがなくて健康でいることが、いい仕事にもつながります。

瓜戸幸子
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これからも高品質の帯を約束する
整経を続けていく

最近、精神的に強くなりたいなって思うんですよ。整経の仕事そのものもすごく気を使う仕事ですし、私たちの仕事が遅れたら織りの工程全てに影響するというプレッシャーがついてきます。

忙しい時に巻軸交換のタイミングが重なったりするともう、心配で心配で。工場長から「早よせんと間に合わんよ〜」と言われただけで、あわわわわとなってしまって。もう少しどーんと構えられたらいいのですが、性格上それも難しい。

そうやって毎日あれやこれやと悩みながらの仕事ですが、最近はやっぱり帯っていいなあと思います。特に年齢を重ねてきて、和の雰囲気で落ち着いたデザインの帯が好きになりました。着物の世界って格式やTPOが大切ではありますが、堅苦しくなりすぎず、もっとみんなが気軽に着られる場も増えてくれるとうれしいですね。昔から伝えられてきた良いところは残しつつ、若い世代も着物に気軽に挑戦できたり、普段着として着やすくなったりするといいなと思っています。

そして、帯はそれなりの価格のものですから、お客様からもより高いクオリティを求められているようになったと感じます。整経で小さなキズの原因などをつくらないよう、ますます丁寧にミスなく取り組んでいきたいです。

瓜戸幸子
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整経瓜戸 幸子

整経部門(令和4年認定)

2006年、子育てが少し落ち着いたタイミングで西村織物に入社。工場の中で唯一、全工程の経験者である。手先が器用なので整経の職人に選ばれ、かなりの手間がかかるぼかしの伊達締め「なないろ」や名古屋帯「絹乃路」も担当。帯のかがり縫いも得意でお仕立てをすることも。メダカが好きで育てている。